35歳になる準備

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加害者になってみて思うこと

ある事案で加害者になりました。

というか加害者であると認めました。

(警察沙汰ではありません)

 

 

加害者というとなんだか仰々しいですが、要は人を精神的に傷付けました。

 

 

 

自分自身、加害者であることをとにかく認めたくなかった。

 

私自身も傷付いていたし(と思いたいし)、むしろ被害者面していたかった。

 

でも双方が被害者面している状態だと、全く事態は進まない。

 

「あなたが悪い」

「でも私はこれで傷付いていた、悪くない」

「私だって必死だった」

 

みたいな会話がずーーーっと続いてしまう。

挙げ句の果てには、本来感謝に値することさえ憎んでしまう。

 

「私はあんな親切欲しくなかったのに」

「私はあんなこと望んでなかったのに」

 

みたいな。

 

そうなるともう収拾が付かない。

アドラー的に言うと、権力争いからの復讐フェーズです)

 

こんな消耗戦に疲れて、

 

ふと、「加害者になろうか、認めようか」

という言葉が浮かびました。

 

結果、

「自分が悪かったです。本当にごめんなさい。」

 

が言えました。

 

認めたら絶対ダメだと思ってたけど、その後のやりとりはスムーズでした。

「我こそが被害者」という権力争いから降りれたのです。

 

 

 

 

今回のことから、学んだのですが。

 

被害者って強い。

一見弱そうで、可哀想で、守るべき存在。

大多数の人に共感、同情してもらえそうな存在。

 

一方加害者は弱い。

強そうで、悪そうで、酷そうだけど、

共感も同情もしてもらえない、孤独そうな存在。

 

だから私は被害者面したかったんだな、って思いました。

加害者であることを認めたら終わりだって思っていたし、何より怖かった。

 

でも加害者であることを認めてみたら、

被害者の椅子に震えながらしがみついている自分が見えた。

怖かったんだね、って声をかけてあげたくなるような感覚。


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言い争ってしまった今回の事案の関係者も同じ。

私を傷付けたいのではなく、自分を守りたいだけなんだと気付けました。

 

 

 

ちなみに、これも、

嫌われる勇気

の説明です。(笑)

別にこの本のまわしもんじゃないけど笑。

 

 

もしこの事案の詳細など聞きたい人はこちら

 お茶会開催します